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広島地方裁判所尾道支部 昭和37年(わ)55号 判決 1968年6月10日

主文

被告人等は全員無罪。

理由

第一本件公訴事実

本件公訴事実は、「被告人山田隆夫は国鉄労働組合岡山地方本部執行委員長、被告人畑中実は同地方本部書記長、被告人多胡凡夫、同小林延明は同地方本部執行委員、被告人向井秀雄は同地方本部糸崎支部書記長をしているものであるが、同労働組合の昭和三七年三月における年度末手当要求斗争を実施するにあたり、列車の進行を阻止することを企て

第一、被告人山田、同畑中、同多胡は同労働組合員ら二五名位と共謀のうえ、同人らとともに同月二九日岡山県岡山市野田岡山操車場駅機待二番線において、同日午後一一時一五分同駅から発車すべき下り七三列車の貨車に連結するため後進する機関車後の線路に午後一一時過頃から立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして機関車を誘導する駅操車掛横山市夫に対し、多衆の威力を示し、同人をして右機関車の誘導を断念させてその発車を約四五分間遅延させ

第二、被告人畑中は同労働組合員ら三〇名位と共謀のうえ、同人らとともに、同月三〇日広島県三原市糸崎町糸崎駅六番線において、同日午後一一時一三分同駅から発車すべき下り三九三貨物列車の機関車前線路に午後一一時一〇分頃から立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして機関士滝都正らに対し、多衆の威力を示し、同人らをして右機関車の運転操作を断念させてその発車を約一時間五四分遅延させ

第三、被告人向井は同労働組合員ら三〇名位と共謀のうえ、同人らとともに、同月三〇日同駅五番線において、同日午後一一時五八分同駅から発車すべき下り九三六一貨物列車の機関車前線路に午後一一時二五分頃から立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして機関士吉田正らに対し、多衆の威力を示し、同人らをして右機関車の運転操作を断念させてその発車を約一時間一四分遅延させ

第四、被告人山田、同小林は同労働組合員ら三〇名位と共謀のうえ、同人らとともに、同月三〇日同駅四番線において機関車を付け替え、同日午後一一時三八分同駅から発車すべき下り三一急行列車の機関車前線路に午後一一時三三分過頃から立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして機関士真野潔らに対し、多衆の威力を示し、同人らをして右機関車付け替えのため発進することを断念させて同列車の発車を約四九分間遅延させ

第五、被告人多胡は同労働組合員ら三〇名位と共謀のうえ、同月三〇日午後一一時二五分同駅三番線に到着し、同県同市同町の糸崎機関区に入区すべき六四四気動車前の線路に、右到着後間もなく同労働組合員らを坐り込ませて機関士西岡豊治らに対し、多衆の威力を示し、同人らをして一時間余の間その入区を断念させ

第六、被告人山田は同労働組合員ら二〇名位と共謀のうえ、同人らとともに、同月三〇日同駅上り入出区線において、同日午後一一時二六分同駅から発車すべき上り四八列車の貨車に連結するため発進する機関車前の線路に、午後一一時二五分頃から立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして、機関士千葉一郎らに対し多衆の威力を示し、同人らをして右機関車の発進を断念させて同列車の発車を約一時間四八分遅延させ

もつてそれぞれ威力を用い、日本国有鉄道の列車運行業務を妨害したものである。」というのである。

第二裁判所の認定した事実

(一)  本件発生当時の被告人等の身分関係

本件発生当時、被告人山田は国鉄労働組合(以下国労又は組合と適宜略称する)岡山地方本部執行委員長、被告人畑中は同本部書記長、被告人小林、同多胡は同本部執行委員、被告人向井は同本部糸崎支部書記長であつた。

(二)  本件斗争に至るまでの経緯

国労は国鉄職員の社会的経済的地位の向上を図ると共に民生国家の興隆に寄与することを目的として、国鉄全職員の四分の三を越える約三二万名をもつて組織された組合であり、中央本部を最高機関とし、その下に各地方鉄道管理局に対応して二七の地方本部を設け更にその下に支部並びに分会を設けている。

ところで日本国有鉄道(以下国鉄又は当局と略称する)には昭和三七年三月当時労働組合として国労の外に動力車労働組合外十数個の少数組合があつたが、当局と中央交渉をもつのは国労、動力車労働組合、国鉄職能別労働組合、新潟地方労働組合の四組合であり、同四組合が当局と団体交渉を行う場合、国鉄職員全体に共通した労働条件に関する事項については国労が他組合に先立つて団体交渉を行つて妥結した後、他組合も当局との間で団体交渉、妥結を図るのが永年の慣わしであつた。そして昭和三七年二月七日頃、組合は当局に対し、昭和三六年度末手当(日本国有鉄道法第四四条第二項によつて毎年国鉄職員に支給される特別の給与で、例年年末遅くとも年初頭に組合で中央委員会を開き要求額を決めて二月に当局と交渉し、通常三月一五日、遅くとも三月二三日頃には支給されていた)につき、「年度末手当を基準内賃金の0.5プラス3,000円とし、三月二三日に支給すること」を要求した。これに対し当局は同年三月二三日「年度末手当は0.4ケ月分支給する。」旨回答した。しかし組合としては同年度の増収見込が二七〇億円前後であることその他の資料に基いて、年度末手当は少くとも前年度と同じ0.5カ月分が支給されるべきであるとして、同月二六日当局と団体交渉を行うことにした。ところが同月二四日頃、組合は、当局が従来の団体交渉の慣行に反し国労との交渉、妥結前に他の少数組合と交渉妥結を図り、その結果を国労に対しても実施するつもりらしいとの情報を得たので、緊急中央執行委員会を招集し、右当局の態度は国労の組織の破壊を意図するもので抗議すべきであるとして、急遽同月二七日早朝から東京において始発電車の時間帯を含む時間内職場大会を開く旨の指令を東京地方本部に発して抗議体制を整えた上、同月二六日午後八時からの当局との団体交渉に臨んだ。そして団交の席上、多数組合である国労を除外して先に少数組合と交渉妥結し、その結果を国労にも実施するようなことは、実質的な団体交渉権の拒否であり国労にとつては組織上重大問題であるとしてその中止方を当局に申し入れ交渉した結果、同日午後一二時頃、一応当局も了解したので翌二七日午前一〇時頃から年度末手当の団体交渉をなお継続することとして当日の交渉を終え、とりあえず予定していた右二七日の東京における職場大会の指令を解除した。それにもかかわらず当局は翌二七日午前四時頃、動力車労働組合等と「年度末手当を0.4ケ月プラス1,000円(0.436ケ月分)とする」旨妥結した上、同日午前一〇時頃から行われた国労との団体交渉において、国労が他労働組合と同一金額で妥結しなければ一方的にその金額を支給する旨意思表示するに及んだので、国労は再度緊急中央執行委員会を開いて討議した結果「五分の一にも達しない少数組合と先に一方的に妥結し、その結果を既定の事実として多数組合に押しつけるのは多数組合の団体交渉権の否認であり、厳重に抗議すべきである」旨決定し、指令第二四号を発して「各地方本部は三月三〇日午後一〇時以降三月三一日午前八時までの間に運輸運転関係の職場を指定し、勤務時間内二時間の時限ストを実施すること」を指示した。

右本部指令第二四号を受けた岡山地方本部では、同月二九日急遽同地本戦術委員会が開かれ、(イ)同月三〇日午後一一時から同月三一日午前一時までの二時間糸崎駅構内運転関係職場においてストライキを実施し、同ストライキに同駅上り下り各操車掛、連結手、転轍手その他運転従事員を説得して参加させ、当局の実力介入の監視等のため同駅非番者及びその他関係各支部より約三〇〇名の動員者を編成し、約四―五〇名ずつに班別して構内各所に分散させることとし、被告人山田は同地方本部最高責任者として斗争の全般を総括指揮し、被告人畑中は同駅西構内全般を、美見和甫同地方本部副執行委員長は同駅構内全般を各総括指揮し、被告人小林は被告人畑中の指揮下にあつて動員者を指揮し看視を担当すること、(ロ)後述の如く当時既に遵法斗争に入つていた岡山操車場駅(以下単に岡操駅と略称する)の斗争強化のため動員者を増員派遣し激励すること、が決定された。

(三)  本件斗争

(1)  岡操駅関係

岡操駅は国鉄山陽本線と同宇野線、津山線との分岐点であり、且つ伯備線をも擁し、近時の輸送量の増大のため年間取扱車輛数は多く作業員の業務量は増大しており、そのため同駅の設備は順次拡張されてはいたが輸送量の増加に追いつかず、作業上の安全に必要な照明設備、作業用足場、作業員の休息休憩設備等の不足、更に業務量増加に見合うべき作業要員の不足により無理な作業ダイヤが組まれる結果となり、輸送上及び作業上の安全度が相対的に低下してきたこと等から、国労岡山操車場分会は当局に対し実情に見合う作業ダイヤに改正すること、適正ダイヤに見合う要員を配置すること等の職場要求を提出し交渉を重ねていた情況にあつた。一方岡山地方本部は前記本部指令第二四号に先立ち昭和三七年三月一三日発せられた本部指令第二三号に基き同月中旬に開かれた同地方本部執行委員会において昭和三六年度末手当問題の交渉と併せて右岡操駅職場要求の解決促進を図るため同月二〇日以降遵法業務切捨て斗争を続行することを決定し、それに基き同駅では遵法斗争に突入していた。

ところで前記三月二九日の戦術委員会の決定により、動員者約四〇名が同駅に増員派遣されると共に、被告人山田は同日午後八時頃、被告人畑中は午後七時頃それぞれ斗争指導激励等のため同駅に赴いた。当時岡操駅には下り四番線午後一一時一五分発糸崎駅行七三貨物列車(以下単に七三列車と略称する)があり、同列車は四番線に到着すると、機関車(着機)がはずされ、機関区から機関車(発機)が出区されて同駅構内機待二番線へ引きあげられ、そこから同発機を操車掛(当時横山市夫であつた)が誘導して同列車に連結することになつていたが、同日午後一〇時五五分頃、平常どおり右機待二番線に引きあげられた七三列車の発機(機関士は橋本誠次であつた)を同列車に連結すべく操車掛横山市夫が誘導しようとしたところ、突然組合員等約二〇名が右発機の進行方向直前の線路上或いは横に立ち塞がつたり坐り込んだりした。被告人山田及び同畑中は組合員等の右ピケッテイングの様子を聞き、それぞれ機待二番線上に停止している右発機のもとへ駈けつけ、右坐り込みを容認した上、同駅構内諸問題の解決と年度末手当問題の解決促進のため現場において当局に抗議交渉することを図り、横山市夫に対し右発機を押える旨を告げた。同人はそのため(もつとも七三列車の編成がまだできていなかつたこともあつて)発機の誘導を一旦断念し、下り運転掛詰所へ赴き宮崎義胤同駅予備助役に右の事情を報告し、報告を受けた同助役は横山市夫を伴つて現場に赴き、既に同列車の編成が完了していたので同人に発機を誘導して同列車に連結するよう指示すると共に被告人山田に対しピケッテイングの解除を求め、更に連絡によつて同所に赴いた三宅実同駅助役も被告人山田及び畑中に対してピケッテイングを解除するよう要請したがこれを拒否されたので同駅運転本部に居た岡山鉄道管理局運輸長高浦誠爾にその旨を連絡した。同日午後一一時四五分頃右連絡を受けた同運輸長は同駅々長瀬川盈男と共に現場へ赴き、被告人山田、畑中両名に対しピケッテイングの解除を要請したが、話し合いがつきそうにもないので対策本部に連絡に右下り詰所へ帰つたが、その頃既に同駅の貨物列車が満線になり本線にまで影響が出たらしいとの情報を受け、これ以上ピケッテイングを継続すべきではないと判断し、ピケッテイングの解除を考慮相談していた右被告人両名は、同運輸長の右要求を契機にピケッテイングを解除することとし、同日午後一一時五五分頃組合員等を集め右ピケッテイングを解除した。そして同列車は定刻より約五三分遅れて同駅を発車した。

(2)  糸崎駅関係

前記の如く三月二九日の戦術委員会で同月三〇日午後一一時から翌三一日午前一時までの二時間、糸崎駅でストライキを行う旨決定されたが、当時糸崎駅では六番線から下り三九三貨物列車(以下単に三九三列車と略称する)が午後一一時一三分に、二番線から上り四八貨物列車(以下単に四八列車と略称する)が午後一一時二六分に、五番線から下り三一急行列車(以下単に三一列車と略称する)が午後一一時三八分に、いずれも同駅に到着してから機関車を取り替えた上発車することになつていた。そして右決定に従い、当日午後八時過頃より同地方本部の各支部等から動員者等が同駅に到着し、それぞれ各分担の任務に従つて配置され、同駅構内運転関係組合員の説得が開始されたが、被告人小林は同地方本部新見支部組合員約六〇名位を引率して同日午後一〇時頃、被告人山田、同畑中は同日午後一一時五分前頃それぞれ同駅に到着した。

(イ) 右三九三列車は同駅到着後機関車(着機)を列車から切り離して機関区に入区させ、機関区から機関車(発機)を出区させて一旦停止線まで運転し、そこから操車掛の誘導によつて同列車に連結することになつていたが、右発機を誘導する操車掛説得の任務を負つた同地方本部執行委員喜多健三が動員者約三〇名と共に同日午後一〇時四〇分頃から同駅西構内天保踏切り辺に待機していたところ、同日午後一一時一分頃、本件ストライキに備え予め同駅下り方面の着受操車掛(到着列車の機関車を切り離したり、機関区から出区した機関車を誘導して列車に連結する)としての業務命令を受けていた同駅予備助役作田幸雄が、機関区から右一旦停止線のところまで出区してきた発機(機関士は滝都正であつた)を三九三列車に誘導して連結する操車掛が居なかつたため、同発機を列車に連結すべく誘導を始めたのを認め、且つ右誘導の方法が機関室の中或いは炭水車の前部、上部等に乗つてする違法であり危険であつたため(正規には前進の場合機関車前頭部左側のステップに、後進の場合炭水車後部のステップに乗つて誘導する)即時誘導を中止するよう同助役に抗議したが聞き入れられず、そのまま誘導が続けられ、同日午後一一時一〇分頃右発機は同列車に連結され、信号は進行となり発車ブザーが鳴り、列車は直ちに発車できる状態になつた。そこで喜多執行委員は引率の動員者約三〇名と共に同列車の進行方向約二米前方の線路上或いは機関車の横に立ち並び或いは坐り込む等してピケッテイングをはるに及んだが、その頃同所へ、同駅西構内を視察のため歩いていた被告人畑中がさしかかり、喜多執行委員から右ピケッテイングに到つた経緯の報告を受け、やむを得ないと判断して了承し、なお同執行委員に対し統一ある行動をとるように指示した。そして右ピケッテイングのため同列車は定刻より約一時間五〇分遅れて同駅を発車した。

(ロ) 右四八列車は同駅到着後、機関車(着機)を切り離して機関区に入区させ、機関区から機関車(発機)を出区させて出区一旦停止線まで運転し、そこから操車掛の誘導によつて同列車に連結することになつていたが、右発機(機関士は千葉一郎、機関助手は加藤恒幸)を誘導する操車掛が居なかつたため、同日午後一一時一五分頃本件斗争に備え予め上り方面の着受操車掛としての業務命令を受けていた同駅輸送助役戸田親義が、右一旦停止線で停止していた発機を誘導すべく合図灯を持つて発機の附近に赴いた。その頃同駅構内全般を視察すべく同駅東構内方面を廻り右発機附近にさしかかつていた被告人山田が同助役(赤帽をかぶつていた)の合図灯を認め、正規の操車掛以外の者が誘導するものと判断し、同助役を呼びとめ抗議すると同時に、附近の動員者に知らせるべく大声で呼びかけところ、その頃同駅東構内の監視を担当し、発機附近に待機していた同地方本部執行委員川崎博が同被告人の呼び声を聞き約二〇名の動員者と共に駈けつけてきたので同人等に同発機の至近前方線路外側附近、或いは発機の横に立つ等のピケッテイング(機関車を動かせば同人等に危険がある状態)をはらせるに及んだ。同助役はなおも発機前部のステップに立ち誘導しようと試みたが、右ピケッテイングのためそれも困難となり、同駅上り運転室へ引きあげ、そのため発機の列車への連結が遅れ、同列車は約一時間四八分遅れて同駅を発車した。

(ハ) 右三一列車は同日午後一一時三一、二分頃同駅四番線に到着した(平常は五番線に到着するのであるが当日はストライキのため九三六一貨物列車を五番線へ入れた関係上、三一列車を四番線に入れたものである)が、同列車の機関車(着機―機関士は真野潔、機関助手は高谷満)を切り離し機関区まで誘導して入区させる操車掛が居なかつたので、前記三九三列車の発機を連結した作田助役が、更に三一列車の着機を入区させるべく誘導しようとして四番線ホームを歩いて右着機附近に近ずいたところ、前記任務を負い動員者約二、三〇名を引率して四番線ホーム西寄り線路附近に待機していた被告人小林が同助役の姿を認めるや、同助役が三九三列車に発機を連結させた事情につき連絡を受けていたこともあつて、同助役が又三一列車の着機を誘導するものと考え、動員者約一〇名位と一緒に同ホーム上で同助役を取り囲み抗議し、続いてその場に居た中河原中央執行委員の指示もあり引率していた右動員者と共に同着機前方五、六米の線路上に立ち或いは坐り込む等してピケッテイングをはるに至つた。そこへ被告人山田が通りかかり同小林からピケッテイングの理由について詳細な報告を受け、右ピケをやむお得ないものと了承し、自らも同列車内の乗客の状況を調べる等したが、当局側との話し合いの結果右ピケッテイングを解除した。そして同列車は定刻より約四―五〇分遅れて同駅を発車した。

以上の事実は<証拠>を総合してこれを認める。

第三被告人向井の無罪について。<省略>

第五被告人山田、同畑中及び同小林の無罪について

被告人山田は前記第二、裁判所の認定した事実(三)の(1)、(2)の(ロ)(ハ)に、被告人畑中は同(三)の(1)、(2)の(イ)に、被告人小林は同(三)の(2)の(ハ)に、各認定した行為に出でたもので、それぞれ刑法第六〇条第二三四条に該当するのであるが、弁護人等はこれに対し次のとおり主張する。

(一)  憲法違反

公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第一七条第一項は、

(イ)  憲法第二八条に違反し無効である。

(ロ)  憲法第九八条第二項に違反し無効である。即ち1・L・0一〇五号条約はスト関与の制裁として強制労働を課することを禁止しているが、我が国も1・L・Oに加盟している以上憲法第九八条により右一〇五号条約を遵守する義務があるところ、公労法第一七条第一項は右条約を遵守しておらず、憲法第九八条第二項に違反し無効である。

(ハ)  憲法三一条に違反し無効である。即ち憲法第三一条は単に形式的な手続の保障にとどまらず、実質的に基本的人権を制限してはならない旨の保障の規定であると解されるところ、公労法第一七条第一項は公共企業体職員から争議権という基本的人権を全面的に剥奪しているが、それは終戦後の社会経済状態の混乱状態の中で公共企業体の争議が行われた場合国家経済の再建に対し大きな影響を与えるため、これを抑圧する必要があるとして占領軍司令部の方針に基きなされたものである。しかし現在は既に占領状態は終了し、又混乱した社会経済状態も復興し、その他右のような意味で争議権を剥奪する必要もなくなり、公労法第一七条第一項の存在について実質的合理的理由を欠に至つた。従つて実質的合理的存在理由のない同条文で争議権を剥奪しているのは特に憲法第三一条に違反しているというべきである。

(二)  被告人等三名の各ピケッテイングの正当性等

争議行為は、それが労働組合法(以下単に労組法と略称する)第一条第一項の目的を達成するためのものであり暴力の行使その他の不当性を伴わない場合には刑事制裁の対象とならず、その限度において同法第一条第二項の適用があり、従つて違法性が阻却されるべきであるが、右の正当性、不当性の判断に際しては単に争議行為を形式的外観的に評価すべきではなく、争議全体の経過や背景事情等諸般の事情を考慮し、実質的に違法の程度を判断すべきである。本件争議行為は右の意味において正当な組合活動であり、その手段としてとられた本件各ピケッテイングも、操車掛、乗務員或いは助役に対する説得ないし抗議の必要上なされたものであり、その態様も静粛、穏和なもので暴力の行使等もなく、その目的及び手段からして許容さるべき範囲に属するものであり、右被告人等三名の各行為自体も同様正当性の限界を出るものではなく違法性を阻却されるべきである。

然らずとするも、右の相当性の根拠である事実に加えて、前記年度末手当支給日である三月三一日の切迫した時点において、当局が団体交渉のルールに違反し団体交渉を否認し剰さえ組合の右斗争に対抗し違法作業を行わせていた現状にかんがみ、組合の本件諸行動、被告人等の行為はこれに対処するため緊急やむを得ない事情のあつたこと、組合の守ろうとした団結権に比し、本件において侵犯された国鉄のダイヤ遵守の法益は短時間にすぎず、且つ一過的で法益衡量としては問題にならず、即ち本件は超法的違法性阻却の要件をも具備するものである。

よつて判断するに、

(一)  憲法違反の主張について、

公労法第一七条第一項が憲法第二八条、第三一条、第九八条第二項に違反しないことについては既に最高裁判所大法廷昭和四一年一〇月二六日判決(刑事第二〇巻八号九〇一頁)において論述されており、当裁判所も右判決と同一の見解であるので弁護人等のこの点の主張は採用しない。

(二)  被告人等三名の各ピケッテイングの正当性等について

前述のとおり公労法第一七条に違反してなされた争議行為でも労組法第一条第二項が適用される場合のありうることは前記最高裁判決の明らかにしているところである。

そこで被告人等三名の本件各ピケ行為が労組法第一条第一項の正当な行為といえるか否かについて検討してみるに、

(1)  本件斗争の目的

先に「第二、裁判所の認定した事実の(二)本件斗争に至るまでの経緯」の項において設定したとおり、本件斗争は国労の団体交渉権の確保及び昭和三六年度末手当要求等のため行われたものであり、その目的は組合員の労働条件に関連するものであることは明白である。

(2)  本件斗争の社会に及ぼした影響

先に認定したとおり被告人等三名の本件各ビケ行為により直接及ぼした影響は、岡操駅で七三列車が同駅を約五三分遅れて、糸崎駅で三九三列車が約一時間五〇分、四八列車が約一時間四八分、三一列車が約四、五〇分遅れて、それぞれ発車したことであるが、被告人等以外の本件斗争に参加した動員者のピケ行為により糸崎駅で九三六一列車が約一時間一四分遅れて発車しており(証人吉田正の当公判廷における供述によつて認める)、その他右各列車の遅延は後続の他の列車の遅延をも誘発していると推察されるが、三一列車のみ旅客列車でその他は総て貨物列車であることも考慮すれば、右程度の各遅延はまだ国民生活に重大な障害をもたらしたということはできない。

(3)  本件争議行為の態様

元来ストライキの本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務を履行しないことにあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者側に利用させないことにある。従つてピケッテイングの行われる場合でもその限界はスト破りに対しこれを止めさせるための説得にとどまるべきだということができる。

しかしこのことはあくまで原則であつて、争議行為が如何なる意味でも実力的であつてはならないと解すべきではない。蓋し労働組合の紐帯がそれ程強固ではなく、組合員に対する使用者の働きかけがしばしば組合指令よりも強い影響力のある我が国の労働事情の下では、ストライキの行われた場合使用者側は往々職員その他の者によつて操業を継続したり、スキャップを使つてピケ破りをしようとしたりして容易に組合側の説得などは聞き入れないのが通常であるから、ピケッテイング本来の防衛的、消極的性格は否定し難いが、その限界を単なる平和的あるいは穏和な説得以外に出ることができないとすれば組合は手をつかねてストライキの失敗を待たねばならないことになるからである。右のような意味において、ピケッテイングにおいても、使用者の争議に対する態度、ピケッテイングの対象となる者その他の事情によつては積極的な暴行脅迫に至らない限りはある程度の強硬な説得、ないしは説得に伴つて団結による集団的示威が行われたとしても必らずしもこれをもつてピケッテイングが正当な争議行為の範囲を逸脱したものというべきではない。労組法第一条第二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解してはならない旨規定しているが、それは前述の如くピケッテイングの正当な目的を達成するため必要最少限度の実力的行動をも禁ずるものと解してはならない。

そこで被告人等三名の本件各行為について考察するに

(イ) 岡操駅関係

本来労働組合はその統制を保持し組合の団結を擁護する正当な利益があり、争議を行う場合その実効を確保するため組合の結束を固める必要があるから、組合員は通常争議の場合それに参加すべき義務を課せられているが、争議に反対しこれに参加しない場合でも少くとも組合の団結を積極的に妨害してはならない義務があるというべきである。従つて争議に参加しないで就業しようとする組合員は一応就業の自由を有するが、その自由は組合の団結に優先されるから組合の団結の維持に必要な場合は、これに対するピケッテイングは就業を翻意さすべく単なる平和的説得にとどまらず、説得に必要かつ適切な限度では自由意思を一時制圧するような威力を用いることも容認されるものと解すべきである。しかしその就業を終局的に阻止することは許されない。従つて当該組合員が説得にもかかわらず争議に参加協力しないで就業する旨の意思を積極的明確に表明すればピケッテイングを解除しなければならない。しかし相手が積極かつ明確に説得に応じない意思を示さない以上は相手方が説得に応ずる余地が残されているものと考えてなお説得活動を続けることは組合側に対して容認さるべきである。

ところで七三列車発機前におけるピケッテイングは、同発機は操車掛の誘導がなければ発車できないものであつて操車掛であつた横山市夫に対してなされたものであるところ、同人が組合員であつたこと、ピケッテイングの態様も約二〇名の動員者が発機の進行方向直前あるいは横に雑然と立つたり坐つたりして団結による威圧を加えた程度のもので争議への参加を要請して怒号したり暴行を加えたりすることもなく平穏であつたこと、前記第二の(三)の(1)で認定した同駅作業実態の中にあつて、特に同列車はその前後に着発する他の列車についての作業との間に時間的余裕が少く、混雑の中を短時間で作業を完了しなければ従業員に極度の緊張と酷使を要求するもので組合としても要注意列車としていたため、組合が同列車をピケッテイングの対象としたとしても相当の理由が存すること、更に横山操車掛は被告人山田、同畑中から発機を押えるといわれ直ちに下り運転掛室に待機していた宮崎助役に報告し同助役と共に発機の処に引き返し、同助役からピケが解けたら誘導するよう指示を受けこれを了承し、同操車掛はピケが解除されれば直ちに発機を列車に連結できるよう同駅第三信号所へ合図灯で合図して進路構成を行つた(これに対し何等の妨害も加えられなかつた)上待機していたもので、結局同人の就業の意思も組合と当局の交渉の結果を待つという程度のものであつて、その段階ではあくまで積極的に就労に踏切るという状態ではなかつたものと解されるところ、その後も交渉が続けられ結局さきに第二の(三)(1)で認定した経緯をたどつて被告人山田、同畑中は当局側の責任者である高浦誠爾運輸長及び瀬川盈男駅長からピケ解除を最終的に要請されたのを契機に数分後にはピケ隊を解散させており、以上の経過からみても被告人山田、同畑中等の行つた右ピケッテイングは同操車掛の就業を終局的に阻止する目的であつたとは云えないのであり、当局との右接衝継続中は組合としてはなお就業意思の最終的明確な表示がなされず就業阻止につきなお説得の余地あるものとして説得の必要上坐込み(発進態勢にある機関車の乗務員や操車掛に対する説得のためには口頭の説得のみにては効果を差し得ないことが多く有効な説得のためには坐込みも又やむを得ないものである)をなしたとしてもあながち不当性を云々するのは当らず、右程度の平穏な坐込み等団結による示威行為はいまだ防衛的消極的性格を失わず許容さるべきであり、従つて被告人山田、同畑中の右発機前における行為は正当なピケッテイングの範囲に属するというべきである(被告人山田、同畑中は横山操車掛に対し発機を押えると云つた外特に争議行為の経過目的等説明して争議に参加すべく説得した形跡はうかがえない。しかし同操車掛は組合員として岡操駅の作業実態、年度末手当要求、作業場設備改善等の要求のため同駅では既に遵法斗争に入つていたことを知つていたのであるから同人に争議行為の経過目的等までことさら説明しなかつたとしても同人に対し説得がなされなかつたということはできない)。

(ロ) 糸崎駅三九三列車前のピケッテイングについて

三九三列車前のピケッテイングは作田助役が発機を同列車に連結し発車できる状態になつているところへなされたものであり従つてそれは同列車の機関士滝都正、機関助手松岡義治に対してなされたものと認められる。ところでストライキの行われている場合、使用者はストライキ中といえども組合の統制外にある従来の従業員を使用して業務を続行することは権利の行使として許されなければならないし、又右従業員も自己固有の業務に就くことは自由であり組合としてもその就業を終局的に阻止することは許されない。しかし特に同一企業内における従業員に対しては組合は同じ労働者としての連帯意識のもとに組合の正当な団結権争議権の行使を実質的に否定ないし弱める行動にはでないことを(労働者倫理として)期待しても差支えないものと考える。してみれば就業しようとする右従業員に対しては、もとより終局的にその就業を阻止することは許されないが、組合のピケッテイングは就業を飜意させるべく平和的に勧誘説得するにとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度においては団結による示威を用いることも許容されるものと解する。そして右従業員が組合の説得にもかかわらずなお就業する旨の意思を積極的明確に表明するまでは組合の右行動は継続することができるものと考える。

三九三列車の機関士滝都正及び機関助手松岡義治はその職務からみて動力車労組の組合員と考えられ同人等が列車運転の業務に就く自由は認められるが、同人等に対するピケッテイングは前示のとおり単なる平和的説得にとどまらず、場合によつては説得に伴つて団結による示威を用いることも許されるところ、同列車前のピケッテイングは約三〇名の組合員が機関車前方二米位の線路内あるいは機関車の横に坐つたり立つたりして団結による威圧を加えた程度で、それ以上同人等に争議への協力を求めて怒号したり身体に直接暴行を加えたりすることもなく平穏であつたこと、同人等は右ピケッテイングが解除されるまで機関室内で静かに待機していたのみで未だ必しも争議に協力しないで就業する意思を積極的明確に表明したとはいい難く(もしその意思があれば機関車前方の動員者に退去を求め警笛を鳴らすとか自ら動員者に解除を要請するとか、或いは駅に連絡してピケを解除するようとりはからつてもらうとかの積極的行動にでるものと思われる)、当局側にしても組合との摩擦をさけ、積極的に右ピケを解除させて同列車を発車さすべき最終確固たる意思を表明したことは認め難い(もつとも同列車については信号は進行となり発車ブザーが鳴つたことは前記第二の(三)(2)(イ)認定のとおりであるが、それは作田助役が組合員等の制止もきかず違法危険は誘導により発機を列車に連結して発車可能の状態になつたためであり、右ピケは同助役の違法危険な作業に対する抗議の意味も含まれ、発車可能の状態になつたところから右説得行為は開始されたものであるから、発車ブザーが鳴つたことをもつて直ちに当局のピケ解除の意向と解することはできない。更に後記三一列車の場合は当局側は斎藤対策本部長が組合に対しピケ解除の最終的意向を打ち出し、組合側もこれに応じてピケを解除しているが、三九三列車の場合は右のような意向は打ち出されていない。もつとも第八回公判調書中証人吉田英一の、斎藤対策本部長から三九三列車が遅れているので様子を見て来いと指示され同列車附近に行き、そこで出会つた被告人畑中にピケを解除するよう要請したが拒否された旨、又第五回公判調書中証人和気庫雄の同人は檀上首席助役から右三九三列車前のピケの排除を命ぜられ同列車附近に赴き被告人畑中に対しピケ解除方を申入れた旨のそれぞれ供述があり、当局側としては一応ピケ解除の要請を表明しているようにも受けとれるが、それ以上積極的な行動に出ていない。ことに右古田証人は右供述自体から明らかなようにピケの様子を現認する役目をもつて赴いたものであつて、同人等がピケ解除を要請してもそれをもつて直ちに当局側の最終的決定的意向と解すべきではない)こと、更に組合員が右ピケッテイングをはるに至つたのは、前記第二の(三)(2)(イ)に認定したとおり作田助役が違法危険な方法によつて発機を誘導し三九三列車に連結したことに端を発していることを併せ考察すれば、同機関士及び同機関助手に対して就業しないよう説得を継続する余地があると考えるのは当然で、列車が発車態勢にある場合説得に際し坐り込み等の必要なことは前述のとおりである。してみればその説得に伴つて行われた右程度の平穏な坐り込み等団結による示威行為は終局的に就業を阻止するものとはいえず、防衛的消極性格を失わず、従つて被告人畑中の三九三列車前における行為は正当なピケッテイングの範囲に属するというべきである(なお同機関士及び機関助手に対し言葉による説得がなされた形跡はうかがわれない。しかし同人等は国鉄職員であり折から年度末手当の時期であつて本件斗争の事情を知つていたものと推測されるので同人等に争議行為の経過目的等をことさら説明しなかつたとしても直ちに同人等に対し説得がなされなかつたということはできない)。

(ハ) 糸崎駅四八列車発機前のピケッテイングについて

四八列車発機前のピケッテイングは戸田助役が合図灯を所持し同発機に近ずいてきたことに端を発し、同助役及び機関士千葉一郎、機関助手加藤恒幸に対してなされたものである。ところでストライキの行われる場合、使用者は争議の相手方であり、ストライキも使用者から労働力を遮断するところに一つの限界があるから使用者自らが就業しようとする場合はこれを終局的に阻止することは勿論自由意思を制圧して就労を妨害することは許されない。しかし職務上非組合員とされている者が使用者側の指示により就業する場合、その固有の職務を遂行する限りはピケッテイングの範囲も平和的説得の範囲にとどまるべきであるが、争議参加者に代えて固有の職務以外の業務に代置するときは同一には考えられない。実質的にはスト破りの色彩を帯びるのであつてピケッテイングも単なる平和的説得にとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度内での団結による示威を用いることも許されると解すべきである。勿論その自由な就業を終局的に阻止することは許されないが、組合の説得にもかかわらずなお就業する旨の意思を積極的明確に表明するまでは組合の就業阻止への説得示威はなされてよいと考える。又同機関士及び機関助手に対して必要かつ適切な限度内で団結による示威を用いることが許されることについては前記(ロ)に説明したとおりである。

右戸田助役は一事業場としての駅の総括的な権限を有していないが職務上非組合員とされて使用者側に立つものである。同人が操車掛を担当し発機を誘導することは同助役の固有の職務ではないから同助役に対するピケッテイングは前示のとおり単なる平和的説得にとどまらず団結による示威を用いることも許され、又同機関士及び機関助手に対しても同様団結による示威を用いることが許されるところ、同発機前のピケッテイングは約二〇名の組合員が発機約二米位前方の線路上又は外側附近あるいは発機の横に立つたり坐つたりして団結による威圧を加えた程度で、同助役及び同機関士、機関助手に対し怒号したり身体に暴行を加えたりすることもなく平穏であつたこと、同助役は右ピケッテイングにもかかわらずなお必しも発機を誘導すべく積極的明確な意思を表明したとは認め難く(同助役は右ピケッテイングがはられてからも発機前方のステップに立ち誘導を試みるべく組合員等にピケ解除を要請している事実はあるが、同助役にあくまで誘導すべき意思があれば発機の機関士と発車の打ち合わせをし合図灯により発車の合図をして機関士に警笛を鳴らさせ直ちに発車しうる体制を整えられるし、又ピケを解除さすべく駅に連絡することもできたのにかかわらずこれ等の処置をとつていない。もつとも同助役は第一〇回公判調書中証人として発機に近接してピケッテイングをはられた頃発機の機関士席のところで機関士と打ち合わせをして発機前部のステップに乗り誘導しようとした旨供述している。しかし機関士千葉一郎は第七回公判調書中証人として操車掛とは何も打ち合わせをしたことはない旨、更に操車掛の誘導で進行する場合運転取扱心得や細則により発車前には必ず汽笛を鳴さなければならない旨供述しており、同助役が同機関士と打ち合わせをして誘導していれば汽笛が鳴らされるべきであるのに当時汽笛の鳴らされた形跡の認められないことを併せ考えると同助役の右供述は俄に措信することができない)、同機関士及び機関助手は右ピケッテイングが解除されるまで機関室内で静かに待機していたのみで、未だ必しも争議に協力しないで就業する意思を積極的明確に表明したとはいい難い(もしその意思があれば機関車前方の動員者に退去を求め警笛を鳴らすとか、自ら動員者に解除を要請するとかあるいは駅に連絡してピケを解除するようとりはからつてもらうとかの積極的行動にでるものと思われる)こと、前示三九三列車の場合と同様に当局側としても右ピケを解除させて発機を四八列車に連結さすべく最終的確固たる意思態度のうかがわれないこと、一方組合側として発機前方のステップに上つた同助役、機関室内の同機関士及び機関助手に直接手をかけて降ろそうとした気配その他積極的妨害行為の形跡はなく同人等の就業を終局的に阻止する目的であつたとはいえないことを併せ考察すれば同人等に対して未だ説得の余地があるものとしてその必要上坐り込み行為に出たことも首肯し得るところであり、右程度の団結による示威行為は未だ防衛的消極的性格を失わず、従つて被告人山田の右発機前における行為は正当なピケッテイングの範囲に属するというべきである(なお同助役に対しては被告人山田が正規の操車掛でない者が誘導することについて抗議した外言葉による説得がなされた形跡はうかがわれない。しかし組合が正規の操車掛を説得してストライキに参加させてもこれに代つて同助役が誘導すれば右説得は無意味となり争議の実効性が全く失われてしまうのであつて、同助役はこのことを十分に知つていた筈であり、従つて同助役に対し右争議の実効性が失われてしまう理由をことさらに説明して誘導をとりやめるよう説得しなかつたとしても同助役に対し説得がなされなかつたということはできない。又同機関士及び機関助手に対しても言葉による説得のなされた形跡はうかがわれないが前示(ロ)に述べたと同様同人に説得がなされなかつたということはできない)。

(二) 糸崎駅三一列車着機前のピケッテイングについて

三一列車着機前のピケッテイングは、同着機を誘導しようとした前記作田助役及び同着機機関士真野潔、同機関助手高谷満に対してなされたものと考えられるところ、同助役の固有の職務は予備助役であり操車掛ではないので右戸田助役に関して述べたとおり作田助役も実質的にはスト破りの色彩を有し、従つて同助役に対するピケッテイングは単なる平和的説得にとどまらず説得に際し必要かつ適切な限度において団結による示威の力を用いることも許されると考える。又同機関士及び機関助手に対して必要かつ適切な限度内で団結による示威を用いてもよいことは前記(ロ)に説明したとおりである。

ところで同助役及び同機関士、機関助手に対するピケッテイングは、誘導すべく同着機に近付いた同助役を被告人小林外一〇名位の動員者が取り囲んだことに始まり、当時現場要員として同駅に派遣され下り運転掛室に待機していた藤原重義が囲まれていた同助役の腕を引張つて助け出し右運転掛室に連れて行くや被告人小林外二、三〇名の動員者が同着機前方数米の線路上に立ちあるいは坐り込む等するに至つたのであるが、被告人小林等が同助役を取り囲んだ状態は同助役が「誰かおらんか助けてくれ」と叫び声をあげ右藤原が助けに駈けつけた程で、相当緊迫した状態であつたと推測されるものの、同助役が三九三列車の発機について組合の抗議に耳をかさず違法危険な誘導を行つた旨を既に知つていた同被告人等が三一列車着機に近付いた同助役に対しこれについても右同様の誘導をしないよう抗議説得するため同助役を取り囲んだり、機関車に近付かないよう瞬間的に手をとつて引張る等の行為に出でたとしても、その場の情況上無理からぬものであり(それ以上格別同助役に対して押したり小突いたりする等の暴行を加えた形跡もない)、又右藤原が同助役を助け出すのをあくまで妨害した状況ではなかつたことを考えれば右程度をもつてはいまだ違法な暴行脅迫により許容されるべき団結の示威を越えたということはできないし、同着機前方のピケッテイングも主として一旦運転掛室へ引きあげはしたが、再度違法な誘導を試みるかもしれない同助役を説得するためなされた必要やむを得ないものと考えられ、喧騒にわたらず平穏であつたこと、同機関士及び機関助手は必しも争議に協力しないで就業する意思を積極的明確に表明したとはいい難い(もしその意思があれば前示(ロ)に述べたような積極的行動にでるものと思われるが、そのような行動にでないばかりではなくむしろ一旦三一列車から機関区に入区させるため切り離した着機を右ピケがはられてから再度同列車に連結さえしている。このことは証人真野潔に対する受命裁判官の尋問調書によつて認める)こと、ことに被告人山田は、後続列車の関係で三一列車を早急に発車させる必要に迫られた前記斎藤対策本部長から同列車着機前のピケを解除するよう要請されるや、これに従い直ちに右ピケを解散させていることからしても操車掛の誘導を終局的に阻止し、又は同列車の発車自体を終局的に阻止する目的であつたとはいえないことを併せ考察すれば、同助役及び同機関士、機関助手に対して行われた右程度の団結による示威行為はいまだ防衛的消極的性格を失わず、従つて被告人山田、同小林の右行為(同助役を取り囲んだ際の行為を含めて)は正当なピケッテイングの範囲に属するというべきである(なお同助役及び同機関士、機関助手に対しことさら言葉による説得がなされた形跡はうかがわれないが、同人等に対し説得がなされなかつたとはいえないことについては前示(ハ)で述べたとおりである)。

以上検討してきた如く、本件斗争の目的は組合員等の労働上経済上の要求解決であり、いわゆる政治ストではなく、社会に及ぼした影響も重大ではなく、被告人等三名の各行為も許されるべき行為の限界を越えていないことを総合して判断すれば、被告人等の本件各行為は正当な争議行為として労組法第一条第二項本文の適用を受け違法性を阻却するというべきである。

第六結論

以上において認定してきたとおり、被告人向井及び同多胡に対する各公訴事実はいずれも犯罪の証明がないことになるから刑事訴訟法第三三六条後段により、被告人山田、同畑中及び小林に対する各公訴事実はいずれも刑法第二三四条に該当し且つ有責であるが、同法第三五条の正当行為として違法性を阻却されるので刑事訴訟法第三三六条前段により、被告人全員に対し無罪の云渡をする。

よつて主文のとおり判決する。(藤原吉備彦 池田博英 板坂彰)

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